POEMS症候群発症まで 41

前回の千葉行きの血液検査の結果を聞きに再度千葉大学医学部付属病院へ行ってきました。
前に病名についての説明を軽くしましたが、POEMSとは、多発性神経炎(polyneuropathy)、臓器腫大(organomegaly)、内分泌異常(endocrinopathy)、 M蛋白(M‐protein)、皮膚症状(skin changes)の頭文字を表していると書きました。
このうち3つは現在の夫に症状が出てます。
出てない2つは神経炎とM蛋白。
前回の血液検査の結果、M蛋白は陰性。
ただ今日の先生が言うにはM蛋白は必須事項ではないようです。
前回書かなかったけど、POEMS症候群患者血清中の血管内皮増殖因子(VEGF: vascular endothelial growth factor)が異常高値となっていることが報告されて以来、VEGFが多彩な症状を惹起していることが推定されているそうで、そのVEGFというのを検査したんだけど、2000くらいあったらしい。
普通の人はそんなに高いものではないらしく、まぁやっぱりPOEMS症候群の可能性は高いんだそうだ。
転院手続きをすることとサリドマイドの治験コーディネイター(というんですかね?)と面談(?)しました。
まぁあまり興味ないかもしれませんが、POEMS症候群の新規治療の展望的な記事があるんで、興味がある方はご一読頂ければ。
さて今日はかなり気が重いことをしなければならなかった。
千葉大で夫のご両親と待ち合わせをして、一応先生の話を聞いてもらうことにしてました。
とは言っても診察室に入ったのは義父のみで義母は入らなかった。
かわいい1人息子の難病の説明など聞きたくもないだろうし、義父のみでも問題は特になかった。

先日の土曜日に私の父に孫は諦めてくれ的なことをもっとオブラートに包んで言いましたが、なぜそんなことを言ったかといいますとサリドマイドというのは昔妊婦さんが使って奇形児が生まれるということが起こったそうです。
私が生まれる前とかの話っぽいんですが、私達の両親世代はそのことを知ってたようです。
で、彼はこのサリドマイドの治験に参加する予定で、当然ながら妊娠しないことが前提に必要です。
このサリドマイドの影響は精液に移行するそうで、女性でも男性でも関係ないんだそうな。
約2年の服用と考えるとどう頑張っても子供は望めない年齢になってしまってるので、まぁだからこそ「孫は諦めてくれ」発言にいたったわけです。
この病気の説明を彼の両親にはまったくしてなかったので、診察後一緒に食事をとりながら説明することにしました。
実の息子からは話しにくいだろうし正直なところ心を鬼にせねばならないことも言わねばならないため、ここは第三者というか血のつながりがない私が言うしかないだろうなぁと思いながら軽く説明しました。
さっき書いた5つの症状、そしてそのうちの3つが出てること。
サリドマイドの治験。
治験の流れについての説明。
治験参加の条件。
このPOEMS症候群は本当に症例が少ないため、どう転ぶかわからないこと。
希望的・楽観的観測は絶対言わないようにしました。
もちろん私たちはこの治験に賭けてます。
病気がよくなり、なおってほしいと本当に願ってる。
でもそう思ってても、現実はそうならない場合もある。
特に彼のお母さんは話が正しく伝わらないときがあるので、うかつなことは言えない。
先日の救急車騒動の時に連絡入れたとき、どうして倒れた?って聞かれたので、はっきりわかりませんと答えた。
気候があったかかったので寒暖差のせいかもしれないし、お昼ご飯を食べてなかったからおなかがすいてたのかもしれないし、水分が少なかったから脱水症状のようなものだったのかもしれませんが、正直原因は突き止めるのは無理ですって答えたんですよ。
そしたらですね、「おなかがすいてたせいで倒れた」になってたらしく、今日そう言われて目玉が飛び出るくらいびっくりしましたわ。
一瞬目玉どこー?状態になった。(苦笑)
まぁそんなかんじの人なものだから、希望的観測を言ったら希望的観測と判断せず断定になってしまうところが多々あるため、厳しい状況でもあることは理解してもらっておかねばならない。
だからこんなこと本当に言いたくなかったしやりたくもなかったけど、病状が突然悪化する可能性があること、治療を先延ばしにするのは得策ではないこと、決して楽観視できる病気ではないことを説明した。
おそらく頭がまっしろになってるだろう人に本当に残酷なことをしてる自覚はあった。
私だってこんなこと本当にしたくなかった。
だけど小出しにしてショックを与え続けるよりは、バンドエイドをめくるときは一気に!というのと同じようなもんで、先にショックを出し切っておいたほうがいいと思う。
人間時間をかければちゃんと消化や折り合いがつくだろうし、正直なところ折り合いをつけてもらっていかないと私たちもつらい。
ただ今日のこの出来事は絶対一生後悔する。
やり方はもっと他にあっただろうと今でも思ってるし。
でもここでご両親に理解してもらわないと彼のサポートが足りなくなってしまうので、何とか踏みとどまってくれると信じるしかない。
あまり非科学的なことは言わないほうだけど、私は地獄に落ちるだろうなと思った。(苦笑)
途中駅で義両親をおろし、車に乗って自宅に戻る。
家に戻ると私のほうの母が待っていたけど、転院の手続きをしてきたことを話した。
病院に戻るとちょうど主治医とばったり遭遇し、お手紙をあずかってたので渡した。
いろいろ話をして解散。
とりあえず千葉の転院は遅くても1ヶ月以内に決まるのではないかと思うので、心穏やかに過ごしていけたらいいなぁと思う。
私的には先日の救急車騒動の件がわりとトラウマになってるので、転院が決まるまで病院にいてほしいところですが、まぁ病院のベッドのあきを待ってる人もいるかもしれないし難しいかもしれませんね。
とりあえず、何となく私たち二人は前を向いて頑張るしかないよなって気持ちになってきてはいるので、おいしい焼肉でも食べて元気をつけたいところです。

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